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大人カッコイイ女優・天海祐希さんの宝塚現役時代の活躍が凄い!

宝塚ファンならば誰もが知っているぶっ飛びのエピソードが
てんこ盛りで、今の彼女の高い評価を裏付けています。
その活躍ぶりは圧巻でしたが、トップスターに登り詰めた2年後の
スピード退団も世間を驚かせましたよね。

その理由は?噂されていた同期との確執・いじめは?

今回は、天海祐希さんがどのような伝説を宝塚の舞台で残してきたのかを
たっぷりと掘り下げてご紹介しましょう。

 

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天海祐希は空前絶後のトップスター!今や伝説となった宝塚時代とは?

フジテレビ系の刑事ドラマ・BOSSで
超カッコイイ女性刑事を演じた天海祐希さんは、
誰もが知る宝塚歌劇団月組の男役トップスターでしたよね。

ですが歴代のトップスターとは
全く異質のスターであった事を、
皆さんは知っていましたか?

天海祐希の女優としての輝きは、
間違いなく宝塚時代に残した伝説を
バックボーンにしているのは確かですね。

つまり天海祐希を語る上でこの時代のエピソードを
抜きにはできないという事なのです。

 

では早速彼女の歴史を振り返ってみましょう。

まず1985年に宝塚音楽学校に
首席で入学をしています。

当時高校2年生でしたね。

 

そして2年後に73期生として歌劇団に入団し、
雪組公演の『宝塚をどり讃歌/サマルカンドの赤いばら』で
初舞台を経験しています。

新人公演では異例の事ですが、
かなり目立つ役どころとされる
バルフ王子を務めていました。

この時からトップスターへ駆け上がる
大物の片鱗を見せていた様です。

 

そして月組に配属され、
『青春の旋風〜リトル・ヒーロー三四郎』で
準主役のひとりブーン役をとらえ、

年末公演では『ミー・アンド・マイガール』で
見事に初主演を掴みとっているのです。

要するに入団たった一年目、
いわゆる研一にしていきなりの主演抜擢という
快挙を遂げたのですから驚きですね。

ここに伝説のひとつが生れたのです。

 

彼女は入団前から期待されていましたが、
舞台裏ではこんなエピソードも語られていました。

それは劇団関係者が
天海祐希さんのお母さんに語った言葉です。

『よくぞ彼女を産んでくださいましたね!』

つまり、天海祐希こと中野祐里さんは
劇団が待ちに待った
待望の大型新人だったという事です。

 

その後
1989年にはニューヨーク公演のメンバーに選ばれ、
1991年にはあの久世星佳や若央りさやなどの
人気スターを飛び越して
月組のセカンド男役に駆け上がったのです。

そして入団7年目という異例のスピード出世で、
ついに月組トップスターに就任しました。

この様に歌劇団史上最速ペース
トップスターになったことで、
伝説の男役・大地真央を上回るとさえ評価されているのです。

 

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お茶会も伝説に

そんな天海さんをさらにレジェンドにしたのが、
ファンの集いとして行われるお茶会です。

普通の宝塚女優であれば、
ファンの方々が一生懸命準備する間に
笑顔でじっと待っているものですが、
彼女はそうしませんでした。

 

その時は
イベント会場がファンでごった返しになっていて、
司会や進行の段取りが悪いため、
天海さんも内心イライラ気味だったそうです。

しかも見るに見かねて
自分で進行を仕切る場面もあったのですが、
それにも拘わらず写真撮影などで
ノロノロとしてるファンたちに向かって

『テキパキと動きなさい!さっさと終わらせれば、その分たくさんお話しできるんだからね。』

と叱りつけたというのです。

これってスゴクないですか?
確かに正論ですよね。

ファンのためにも、
せっかくの時間を無駄にしたくないという
愛あればこその叱咤なのですからね。

この様に終始ファンに媚びない、
言うべき事は言うという
彼女のスタンスが大人カッコイイのです。

 

この点は芸能ニュースでも
頻繁に取り上げられていました。

天海さんは決してジェンヌ人形に納まらない、
必要ならファンとでもガチトークができる
人間味を持っている宝ジェンヌであると!

 

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退団時も常識破り!ファンへの対応も話題

そして最もファンを驚かせたのが、
トップスターになってたった2年で
あっさり退団してしまった事です。

トップになるのも最速ならば、
辞めるのもとにかく早かったですね。

これこそ彗星の様に、瞬きの間に光輝き消えて行った
と言えるのではないでしょうか?

 

そして最後の締めくくりでも
彼女はやってくれました。

トップスターたちのサヨナラ公演には
いくつかのお決まりごとがあります。

それは何十年も夢の世界を繰り広げてきた
『おとぎの国』での儀式とも言って良いでしょう。

その一つに引退する主演女優は
フィナーレでゴージャスな翼を背負わなければならないのです。

 

しかし彼女は
ラストシーンで大階段を降りてくる時に、
その背中にあるはずの大きな羽根が見えませんでした。

もちろん場内は唖然とし、
何が起こったのか理解できないという
ザワメキに包まれていました。

これは天海祐希さんの無理強いだったそうですよ。

自分らしくないと
劇団側に押し通したという話しですね。

 

それから畳みかける様に
天海ワールドが繰り広げられます。

幕が閉じる最後の場面、
そのフィナーレで彼女はファンや観客に手を振り続けることなく、
さっと仲間たちの方を見て、
これまで共に頑張ってきた事を感謝するのでした。

芸能人としたら、なんと無礼で傲慢な態度であろうと
叱られてしまいそうな行為ですが、
これこそが天海流の生き方を表わしているのです。

宝塚ジェンヌの行動基準は、
基本的に劇団の通例がベースにあって、
それに沿ったファンサービスを行います。

また仲間達との絆は
そういった活動の中で育まれるもので、
まして私事やそれ以外の事は
後回しにするのが慣例ですね。

 

しかし天海さんの場合は優先順位が違います。

まず共に活動してきた仲間達を優先し、
ファンや通例を絶対的な主人の様には考えない
という感じですね。

あるいは仲間もファンも団体のルールもどれもみんな大事で、
場面場面で優先順位が決まるのかもしれません。

 

それを裏付けるエピソードがもう一つあります。

宝塚の慣例では、
退団時もファンクラブからの融資で
イベントが開かれます。

基本的な慣例としては
リムジンクラスのデラックスなオープンカーを用意して、
引退するスターを乗せて
最後の晴れの舞台に派手なパレードをしたり、
ゴージャスなパーティを催すものです。

 

しかし天海さんは、
そういった派手な演出をしませんでしたね。

ファンクラブのみんなへの感謝として、
全員に同じワイングラスを贈った
というエピソードがあります。

これも異例な事ですし、
ファンクラブのしきたりを壊す行為でもあったそうですよ。

 

なぜなら宝塚のファンクラブでは、
古から中心的に働いてきたファンの方と入会間もない方とでは、
得られる権利やサービスがまるで違うと言います。

それなのに、
分け隔てなく同じワイングラスをプレゼントしてお終いでは、
ガッカリするファンもいるかもしれません。

でもファンはみんな大事との彼女のスタンスが
しっかりと伝わったのですから、
彼女のカリスマ性は相当なモノではないでしょうか。

この様に、
度肝を抜く伝説だらけの宝塚トップスターでしたが、
なぜたった2年でスターの座を引退してしまったのでしょうか?

 

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退団理由は?同期との確執も?

それにはいくつか噂話がありますね。

まず当時の芸能週刊誌などでは
いじめ問題や仲間との確執が囁かれていました。

同期には元雪組トップの絵麻緒ゆうや元花組トップの匠ひびき、
元宙組トップで現役歌手の姿月あさと
といった元トップスターの他に、
女優の青山雪菜に声優の葛城七穂、
芦屋市議会議員の苑ななみもいました。

 

そんな逸材をあっさりと抜き、
いち早くスターダムにのし上がった天海さんが
周りの劇団員から嫉妬されたり、
いじめられる事は十分にあり得ますよね。

 

しかし天海さんは女優になった今でも、
当時の同期の仲間と連絡を取り合っていますし、
食事などもしているそうですよ。

本当の早期引退の理由は、
早く映画やドラマの女優になりたかった
という事のようです。

つまり宝塚で男役トップを極めた後は、
その勢いで女優への転身を望んでいたのですね。

 

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